両翼と神を失っても僕は

 二年続けた職場をこの春に退職することになりました。主な原因は、法外な労働時間、パワハラ上司、人間関係、持病の悪化(ヘルニア、うつ病)です。
この二年それなりに真面目に働いてきたつもりです。でも限界を迎えてしまいました。正直、過去の自分の怠惰が一番の理由だとは思っています(僕は大学を中退し、二年の空白期間があります)しかし、この国はおかしい、緩やかに終わっていくのではないかと思うようになりました。これは、惨めで学のない男のただの愚痴です。ひとまず僕の日本に対する考えを述べていきたいと思います。

・三つの勢力の不可能性
 まず戦後の日本の歴史を振り返り、今の日本がなぜ現状に至ったのか、僕なりに解釈していきます。僕は1994年生まれですから、文献上でしか知りえません。しかし、当時を生きていた人には、どれも衝撃的な事件であり、未だにその傷跡を残し、今の日本の若者の思想を縛る鎖となっていると思います。
 まず日本は第二次世界大戦で大敗をしました。しかも二度の核兵器を落とされて。これにより右翼的思想は、事実上の敗北をします。そして一時的GHQにより日本は様々な政策を強制的に強いられます。しかし、これは一時的にではないのです。今もまだアメリカによる支配が続いています。その象徴として日米合同委員会があります。これは定期的に日本の官僚と在日米軍の密会、密約製造機と呼ばれています。日本がアメリカの操り人形という所以はここにあると思います。
 次にあさま山荘事件です。連合赤軍と名乗る新左翼の組織が起こした事件です。詳細は省きますが、赤軍は目的遂行のためなら、犯罪行為をも厭わない組織でした。これにより、日本人に左翼的思想も危険なものであるという印象を与えてしまいました。これに左翼的運動は沈静化に向かいました。
 この二つの出来事が日本人に政治的思想を公で話すことはタブー視されることになります。政治団体、運動は危険で愚かな行為であると。そしてその空気を吸って育った今の若者は、政治に無関心になってしまったのです。僕は右翼的思想も、左翼的思想もどちらも部分的には理解できるし、どちらも必要な思想だと思います。むしろほとんどの国が、この対立する思想により発展を遂げていきました。共産主義ソ連の崩壊を考えれば明らかですね。今の若者には、思想という翼を失われた。右翼、左翼、政治的思想で自分たちの生活がよくなることはないと。
 最後の勢力は宗教です。宗教も日本人の間でタブー視されることの一つですね。しかし本来、宗教とはある種の信念を共有する集団であり、人は本質的に集団に帰属するものです。だから国教をもつ国は多いですし、ある意味でその国は強いのです。ではなぜ日本では宗教がタブー視されるのか?それは間違いなくオウム真理教という存在です。彼らの起こした数々の凶悪事件によって、宗教は危険であると日本人の意識に埋め込まれてしまいました。これによって今の若者は神をも失いました。

・両翼と神を失った若者の行先
 前章の通り、今の日本人、特に若者は、政治、宗教はタブーであるという空気を浴びて育ちました。僕もその一人です。しかしそれは、社会への無関心という罪とも言えます。僕は、働くまで色んなことに無関心でした。アニメ、小説、映画、音楽いわゆるサブカルチャーという虚構に夢中でした。今の若者のほとんどの人がそうではないでしょうか?『絶望の国の幸福な若者たち』という著作が話題になりましたが、今の若者の幸福はささやかなものです。鳥籠で餌を与えられて喜ぶインコと同じです。しかし、社会に出るといろんな違和感に気づきます。様々な理不尽に突き当たります。これについては人それぞれだと思いますが、僕が許せないのは、昔の負の遺産を僕たちが処理しなくてはいけないことです。前章の三例もそうですが、国の借金を僕ら若者が担い、おそらく僕らの下の世代はもっと大きな負担を強いられるでしょう。今の高齢者、特に政治家は勝ち逃げをすることしか考えていません。
 次に許せないのは、超格差が発生してしまっていることです。『アンダークラス』(橋本健二ちくま新書 2018)によると約930万人の平均収入が186万円であるということです。僕は幸いこの額を上回っていますがそれは、月300時間労働のおかげで時給にすると最低賃金に近いです。
 僕は、自民党が加速させた資本主義自体は否定しません。努力したものがより多くの対価を得ることは正しいと思うからです。しかし、資本主義では努力が対価に結びつくことはイコールではありません。そこには環境や、運が大きく絡みます。その環境と運の分は高所得者から低所得者へ分配するべきだと思います。
 しかし、ただ分配すればよいという訳にいかないのが今の日本です。低所得者の中には、僕のように自分の怠惰で招いた人もいれば、病気や、親族を失って、そうならざるべきを得なかった人もいるでしょう。生活保護申請の複雑さや条件の厳しさを見れば明らかでしょう。本当に助かるべき人が助からず、僕らはそれを見て見ぬふりをしてしまっている。
 ではなぜ、人々はこのような理不尽を見て見ぬふりをしているのか?それは自分のことで精一杯だからです。大学を卒業しても、非正規労働者になってしまう人も多いですし、奨学金の返済、ブラック企業など様々な障害が若者を追い詰めます。しかし、国は家庭を持て、税を収めろと更なる負担を課していくわけです。こんな状況では、他人に、政治に目を向ける余力はありません。これこそが今の政権のやり口です。資本家たちが、資本主義の政治家に票を入れる、貧困に悩む人や若者はそんな余裕がないから他の党に票を入れない/または投票すらしない。最悪のスパイラルです。前述の『アンダークラス』の著者、橋本健二氏は今の日本を変えるにはそのアンダークラスの人々が決起するしかないと著作を締めくくりますが、決起するにはコミュニティと強いリーダーが必要になります。今の若者は虚構ではコミュニティに属していても、現実ではコミュニティに属さない人が多く、また強い責任を担うリーダーは現れないでしょう。なぜなら僕らの世代は、ことなかれ主義の中で育てられてきたのだから。橋本健二氏も決起の必要があるとわかっていても、しないでしょう。彼も勝ち逃げ世代だからです。

・それでも僕は
 このように日本の未来は真っ暗です。それでも僕は明日が欲しいです。明日とは今日より素晴らしい日ではなくてはいけません。右翼、左翼的思想も共感するところはあれど、どちらも不可能性をもっています。右翼は5km頭上の太陽を掴むようなもの、左翼は半径5kmの人間全てを平等に愛するようなものです。だから僕は半径5mの人間だけ全力で愛しましょう。排他的な考えだと思います。でも人はそれぞれ違う半径5mの世界を持っていますし、愛を愛で返す力があると信じています。だからその半径5mの輪は連鎖し広がっていくはずです。無力な僕は今はこれしかできない。でも徹底的に貫きたいと思います。
 僕は、将来的に福祉の仕事に就きたいと思っています。春から通信制の大学で資格取得を目指します。福祉というと高齢者や障がい者に焦点が当てられがちですが、僕は子供たちを支援したい。家庭環境や様々な理由で社会から逸脱せざるを得なかった子供たちの力になりたいのです。僕は僕の世代はもうこの負の連鎖から逃げられないと思っています。それほどに日本は狂ってしまったのです。でも僕は日本が好きだ。だからせめて、次の世代の子供たちに負の遺産を受け継がせてはいけない。そのためには教育など様々な分野の改革が必要になるでしょう。僕は無力です。ただの学のない惨めな男です。でもだからこそできることがあると信じたいです。